詩経

魚麗(ぎょろ) 詩経

魚 罿に麗る 鱨と鯊と
君子に酒有り 旨く且つ多し

魚 罿に麗る 魴と鱧と
君子に酒有り 多く且つ旨し

魚 罿に麗る 鰋と鯉と
君子に酒有り 旨く且つ有し

物其れ多く 其れ嘉し

物其れ多く 其れ偕し

物其れ多く 其れ嘉し

魚が罿(あみ)にかかる、鱨(シャジ)と鯊(ハゼ)と。祖霊のお神酒は旨くて多いと。
魚が罿(あみ)にかかる、魴(オシキウオ)と鱧(ヤツメウナギ)と。祖霊のお神酒は多くて旨い。
魚が罿(あみ)にかかる、鰋(ナマズ)と鯉と。祖霊のお神酒は旨くて多い。
魚の多きは、よろしきことよ。
魚の多きは、よろしきことよ。
魚の多きは、よろしきことよ。

年穀の豊作と一族の繁栄を喜び、祖霊に感謝する詩である。
魚が謡われるのは古くは魚を宗廟に享祀することによって、春には穀物の豊饒を祈願し、秋には穀物の豊饒が感謝されたことによるものであり、それは必ず饗宴を伴うものであった。それは既に述べたごとく繁殖能力の旺盛な魚の呪力が、類感呪術的に大地の豊饒をもたらすとされたものであり、またその呪力が人間に多産をもたらし、一族の更なる繁栄に繋がるものであった。
詩中には直接魚を亨祀することは謡われていないが、その年が豊作に恵まれたことと、一族の繁栄を喜び、感謝する饗宴に於いて謡われた詩である。或はこれを春の農耕予祝儀礼における饗宴の詞とも解し得、その場合は、魚を供することによって、その呪力が穀物の豊作と一族の繁栄をもたらすことを祖霊に祈願する詩と為る。


明治書院 詩経より

杕杜(ていと) 詩経

有杕(ゆうてい)の杜(と)よ 皖(かん)たる其の実よ
王事鑒(や)むこと靡(な)ければ 我が日を継嗣(けいじ)す
日月 陽(あたた)かなれば 女心傷まん
征夫遑(せいふいとま)あらん

有杕(ゆうてい)の杜よ 其の葉萋萋(せいせい)たり
王事鑒(や)むこと靡(な)ければ 我が心傷非(しょうひ)す
卉木(きぼく) 萋(せい)たれば 女心悲しまん
征夫帰らん

彼の北山に陟(のぼ)り 言(ここ)に其の杞(き)を采(と)らん
王事鑒(や)むこと靡(な)ければ 我が父母を憂えしむ
檀車(たんしゃ)嘽嘽(たんたん)たり 四牡痯痯(かんかん)たり
征夫遠からざらん

載(の)るに匪(あら)ず来るに匪(あら)ざれば 勇心孔(はなは)だ疚(や)む
期逝(きゆ)くも至らざれば 而ち多く恤(うれ)いを為す
卜(ぼく)も筮(ぜい)も偕(よろ)しとし 会うこと言(ここ)に近からん
征夫邇(ちか)からん

(女)「杕の杜木のやまなしの樹よ、つややかなるその実よ。戦役が終わらぬので、あの人の帰りを待つ日が続く。」
(巫女)「季節が移ろい暖かなれば、待つ日の長さにそなたの心は悲しみにうちひしがれよう。だが夫は帰ってこようぞ。」
(女)「あの北山に登り、くこの葉を摘もう。戦役が終わらぬので、私の父母は憂い悲しむ。」
(巫女)「兵車の進はのろのろと、四つの馬は疲れ病む。だが、夫は近くまで来ていようぞ。」
(女)「兵車に乗り帰り来る様子もないので、心は憂い病むばかり。約束の日を過ぎても帰らぬので、ただただ憂いは増すばかり。」
(巫女)「卜も筮も吉と出て、二人が会う日は近からん。夫はすぐそこまで来ていようぞ。」

杜木である杜に憑依した祖先の御霊に対し、戦争が終息し征夫が無事帰還することを祈願する詩である。この詩は各章前四句を征夫の妻を演じる女性が謡い、後三句を巫女が謡う構成となっている。それは前四句と後三句では、妻である女性を指す語からも違いが見られることからも明らかであろう。前四句では「我」という人称代名詞が用いられているのに対して、後三句では「女=汝」が使用されている。

明治書院 詩経より

伐木(ばつぼく) 詩経

木を伐ること丁丁たり 鳥鳴くこと嚶嚶たり
幽谷より出でて喬木に遷る
嚶として其れ鳴くは 其の友を求むるの声
其れ彼の鳥の 猶も友を求むるの声
矧んや伊れ人の 有生を求めざらんや
神の之を聴き 終に和し且つ平らかなり

木を伐ること許許たり 釃みし酒は藇たり
既に肥羜有り 以って諸父を速かん
寧わくは適々来らざるも 我を顧みざること微かれ
於に粲として洒埽し 饋を陳ぬること八簋
既に肥牡有り 以て諸舅を速かん
寧わくば適々来たらざるも 我を咎有らしむること微かれ

木を阪に伐る 釃みし酒は衍たり
籩豆 践たり 兄弟よ遠きこと無かれ
民の徳を失うは 乾候以って愆つあり

酒有れば清し 酒無くば酤せ
坎坎として鼓し 罇罇として舞え
我が暇あるに迨びて 此の湑を飲まん

木を伐る音はこんこんと、鳥鳴くはおうおうと。深き谷間より、高き木に移る。おうおうと鳴くその声は、友を呼ぶため。彼の鳥ですら、友を求め鳴く、まして人が、神を求めぬはずはなし。神がこれを聴こし召し、我らに和平を下された。
木を伐る音はぎしぎしと。漉したる酒はかぐわしく。小羊の肉は肥え太り、ここに諸父を招き呼ばん。たとい来ることかなわねども、我を忘るることなかれ。室を綺麗に掃き清め、数多並べたる料理の器。牡羊の肉は肥え太り、ここに諸舅を招き呼ばん。たとい来ることかなわねど、我を咎めることなかれ。
木を伐るは丘の上、渡したる酒は並々と、ずらりと並ぶ籩と豆、同族の者よ親しみ給え。人が仲を違うのは、物食う時のささいなことから。酒有らば釀し酒飲め、酒無くば一夜酒飲め。かんかんと鼓撃ち、とんとんと舞い踊れ。我らに暇あるうちに、いざこの醸し酒を飲み給え。

祖霊より下された平安のもとに一族が更に繁栄し和合する事を願う詩である。各章首句の「伐木丁丁」「伐木許許」「伐木于阪」については、祭宮を造るための行為、或は神事のはじめの行事であると解する説があるが、これは焼き畑農耕民族が火入れの前段階に行った野の植生の伐採行為であったと考えられる。伐採した植生を乾燥させ火をつけることで農耕に適した肥沃な土壌を作り、作物を栽培したのである。焼畑農耕は水稲栽培農耕以前の遅れた農法と考えるべきではなく、既に水稲栽培が行われていた時代に於いても、水稲に適さない地域ではその地に最も適した農法として焼き畑農耕が営まれていたのである。焼き畑農耕民族にとってはこの植生を伐採する行為が即ち豊作を祈願する詩や女性の多産を祈願する婚姻詩や歌垣詩、延いては本編のごとく一族の子孫繁栄を祈願する詩中に謡い込まれたものと考えられる。それは例えば斎風、南山篇において、麻を蓺うるには之を如何せん、其の畝を衡従にす、妻を取るには之を如何せん、必ず父母に告ぐ、と。
畝を縦横に耕して麻を植える行為と、女性の嫁ぎ行くを併記するのと同一の発想からくるもので、大地の豊饒が類感呪術的に女性の多産をもたらし、一族の繁栄をもたらすとされたためである。

明治書院 詩経より

常逮(じょうてい) 詩経

常逮の華 鄂(なんぞ)ぞ韓韓(いい)たらざらんや
凡そ今の人 兄弟(けいてい)に如(し)くは莫し

死喪の威(おそ)れにも 兄弟 孔(はなは)だ懐(おも)う
原隰(げんしゅう) たがやすにも 兄弟 求む

脊令原(せきれいげん)に在り 兄弟 難に急く
毎(つね)に良朋有り 況況(ますます)永歎す

兄弟牆(けいていしょう)に 鬩(たたか)い 外 其の務(あなど)りを禦(とど)む
毎(つね)に良朋有り 烝(すなわち)戒(たす)くる無からんや

喪乱既に平らぎ 既に安んじ且つ寧(しず)まれり
雖(つね)に兄弟有り 有生に如かざらんや

爾(なんじ)の籩豆(へんとう)を儐(つら)ね 飲酒して之れ飫(あ)かん
兄弟既に具(そろ)い 和楽し且つ孺(たの)しまん

妻子好く合し 瑟琴(しつきん)を鼓(ひ)くが如し
兄弟既に翕(つど)い 和楽し且つ湛(たの)しまん

爾(なんじ)の室家(しつか)に宜しく 爾の妻帑(さいど)を楽しましめよ
是に究め是に図り 亶(まこと)に其れ然(しから)しからん

にわざくらの花は、輝くばかりに咲き誇る。世に人あれど、同族の者は如くはなし。
死のおそれあれど、思い合うは同族なればこそ。原隰の地を墾かば、力寄せ合うは同族なればこそ。
せきれいは野に在り、困難に赴くは同族なればこそ。常に側に居る良き友は、我らがために情を寄せてくれている。
垣に戦い内を守るは同族なればこそ、よその侮りふせぐために。常に側に居る良き友は、我らがために力を貸してくれる。
禍乱は去り、世は安らかにかつ静かに。常に側に居る同族は、それは友とは比べ難い。
籩と豆をつらね、飽くほどに酒を汲め。同族はここに集い、睦みかつ楽しめ。
妻と子の睦まじき事、瑟と琴を奏でるがごとし。同族はここに集い。睦みかつ楽しめ。
家々はかくもめでたく、なおも妻子を楽しませよ。これを極め手本とせば、まことめでたき一族とならん。

同族の固い結束を誓い、更なる繁栄を祈願する詩である。詩中の「兄弟」の語は、親族呼称ではなく、同族の人間同士を指していると解すべきであろう。第二章の「兄弟求矣」については、原隰に屍を累積することになっても同族の人間は互いの事を思い合うと解する説、原隰に軍隊を編成し死を目前にする時でも兄弟は求め助け合うと解する説、原隰に倒れても兄弟はその屍を求めてやってくると解する説等、諸説あるが、いずれも前句に見える「死喪」の語に延かれた解釈であると思われる。「原隰」は小雅・谷原之什・信南山篇に「畇畇たる原隰は、曽孫之を田とす」と謡われているごとく、古くは耕作の適地とされ、該句は原隰を切り開き耕作地を作るときに同族の者達が互いに力を合わせる意となり、前句と同様同族の者達の結束の強さを比喩的に表現した句と解すべきであろう。

明治書院 詩経より

四牡(しぼ) 詩経

四牡 騑騑(ひひ)たり 周道 倭遅たり
豈帰るを懐わざらんや 王事鑒(や)むことなし
我が心傷非す

四牡 騑騑たり 嘽嘽たる駱馬
豈帰るを懐わざらんや 王事鑒むことなし
啓処するに遑(いとま)あらず

翩翩(へんぺん)たるは鵻(すい) 載ち飛び載ち下り
苞(ほう)たる栩(く)に集う 王事鑒(や)むことなし
父を将(やしな)うに遑(いとま)あらず

翩翩(へんぺん)たるは鵻(すい) 載ち飛び載ち止まり
苞(ほう)たる栩(く)に集う 王事鑒(や)むことなし
母を将(やしな)うに遑(いとま)あらず

彼の四駱に駕し 載ち驟(は)すること駸駸(しんしん)たり
豈帰るを懐わざらんや 是を用て歌を作り
母を将うを来(これ)に諗(つ)ぐ

 四つの馬は馳せ止まず、大道は遠く続く。郷里への思いは絶えないが、戦争はまだ終わらない。我が胸は悲しみ沈む。
 四つの馬は馳せ止まず、黒毛の馬はひた走る。郷里への思いは絶えないが、戦争はまた終わらない。私には安らぎ休む暇もない。
 ばたばたと羽ばたくは鵻(小鳩)、飛び上がりかつ下がり、茂れるくぬぎの木に集う。戦争がまだ終わらないので、父を養う暇もない。
 ばたばたと羽ばたくは鵻(小鳩)、飛び上がりかつ止まり、茂れるくぬぎの木に集う。戦争がまだ終わらないので、母を養う暇もない。
 四つの馬引く車に乗り、ひた走り馳せ止まず。郷里への思いは絶えること無し。されば思いを歌に綴り、祖霊に告げん、早く母を養うことができるよう。

出征した若者の帰還を祖霊に祈願する詩である。「我」と出征している若者の自称が用いられているのは、巫がその身を若者に仮託して謡うからである。末句に「是用作歌、将母来諗」とあるは、仮託された若者の労苦を歌に綴りこれを巫が謡うことによって、戦争が終結せぬことを祖霊に訴え祐護を求めるためである。陳風・墓門扁に「歌以訊之(歌いて以って訊ねさん)」とあるも、これと同様に自身の不遇を祖霊に訴え、祐護を希求する句である。

明治書院 詩経





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