2016年08月

魚麗(ぎょろ) 詩経

魚 罿に麗る 鱨と鯊と
君子に酒有り 旨く且つ多し

魚 罿に麗る 魴と鱧と
君子に酒有り 多く且つ旨し

魚 罿に麗る 鰋と鯉と
君子に酒有り 旨く且つ有し

物其れ多く 其れ嘉し

物其れ多く 其れ偕し

物其れ多く 其れ嘉し

魚が罿(あみ)にかかる、鱨(シャジ)と鯊(ハゼ)と。祖霊のお神酒は旨くて多いと。
魚が罿(あみ)にかかる、魴(オシキウオ)と鱧(ヤツメウナギ)と。祖霊のお神酒は多くて旨い。
魚が罿(あみ)にかかる、鰋(ナマズ)と鯉と。祖霊のお神酒は旨くて多い。
魚の多きは、よろしきことよ。
魚の多きは、よろしきことよ。
魚の多きは、よろしきことよ。

年穀の豊作と一族の繁栄を喜び、祖霊に感謝する詩である。
魚が謡われるのは古くは魚を宗廟に享祀することによって、春には穀物の豊饒を祈願し、秋には穀物の豊饒が感謝されたことによるものであり、それは必ず饗宴を伴うものであった。それは既に述べたごとく繁殖能力の旺盛な魚の呪力が、類感呪術的に大地の豊饒をもたらすとされたものであり、またその呪力が人間に多産をもたらし、一族の更なる繁栄に繋がるものであった。
詩中には直接魚を亨祀することは謡われていないが、その年が豊作に恵まれたことと、一族の繁栄を喜び、感謝する饗宴に於いて謡われた詩である。或はこれを春の農耕予祝儀礼における饗宴の詞とも解し得、その場合は、魚を供することによって、その呪力が穀物の豊作と一族の繁栄をもたらすことを祖霊に祈願する詩と為る。


明治書院 詩経より

玉音放送 感情の高ぶりから節度なく争いごとを繰り返したり

玉音放送 玉音放送 玉音放送

感情の高ぶりから節度なく争いごとを繰り返したり、あるいは仲間を陥れたりして互いに世情を混乱させ、そのために人としての道を踏み誤り、世界中から信用を失ったりするような事態は、私が最も強く戒めるところである。

With momentary histeric anger repeating make competion with each other times and times and times , trick cooperative for social confusion escalating , all that makes Japan unbelievable from world countries justice , all behavier are out of humanity in the world . I strongly hate those behavier and person , the most heaviest punishment will judge them.





「玉音放送」の原文と現代語

 朕(チン)深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑(カンガ)ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ茲(ココ)ニ忠良ナル爾(ナンジ)臣民ニ告ク

 朕ハ帝国政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ

 抑々(ソモソモ)帝国臣民ノ康寧(コウネイ)ヲ図リ万邦共栄ノ楽ヲ偕(トモ)ニスルハ皇祖皇宗ノ遺範ニシテ朕ノ拳々(ケンケン)措カサル所曩(サキ)ニ米英二国ニ宣戦セル所以(ユエン)モ亦(マタ)実ニ帝国ノ自存ト東亜ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ他国ノ主権ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固(モト)ヨリ朕カ志ニアラス然ルニ交戦巳(スデ)ニ四歳(シサイ)ヲ閲(ケミ)シ朕カ陸海将兵ノ勇戦朕カ百僚有司ノ励精朕カ一億衆庶ノ奉公各々(オノオノ)最善ヲ尽セルニ拘ラス戦局必スシモ好転セス世界ノ大勢亦(マタ)我ニ利アラス加之(シカノミナラズ)敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ頻(シキリ)ニ無辜(ムコ)ヲ殺傷シ惨害ノ及フ所真(シン)ニ測ルヘカラサルニ至ル而(シカ)モ尚交戦ヲ継続セムカ終(ツイ)ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス延(ヒイ)テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ斯(カク)ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子(セキシ)ヲ保(ホ)シ皇祖皇宗ノ神霊ニ謝セムヤ是レ朕カ帝国政府ヲシテ共同宣言ニ応セシムルニ至レル所以ナリ

 朕ハ帝国ト共ニ終始東亜ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ対シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス帝国臣民ニシテ戦陣ニ死シ職域ニ殉シ悲命ニ斃(タオ)レタル者及其ノ遺族ニ想(オモイ)ヲ致セハ五内(ゴナイ)為ニ裂ク且(カツ)戦傷ヲ負ヒ災禍ヲ蒙(コウム)リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫念(シンネン)スル所ナリ惟(オモ)フニ今後帝国ノ受クヘキ苦難ハ固ヨリ尋常ニアラス爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル然レトモ朕ハ時運ノ趨(オモム)ク所堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス

 朕ハ茲ニ国体ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚(シンイ)シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ若シ夫レ情(ジョウ)ノ激スル所濫(ミダリ)ニ事端(ジタン)ヲ滋(シゲ)クシ或ハ同胞排擠(ハイサイ)互ニ時局ヲ乱リ為ニ大道(ダイドウ)ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム宜シク挙国一家子孫相伝ヘ確(カタ)ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ総力ヲ将来ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏(カタ)クシ誓(チカッ)テ国体ノ精華ヲ発揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ爾臣民其レ克ク朕カ意ヲ体セヨ

 1945年8月15日正午、昭和天皇の「大東亜戦争終結に関する詔書」がラジオを通じて流された。現代語訳は次の通り。

     ◇

 私は、深く世界の情勢と日本の現状について考え、非常の措置によって今の局面を収拾しようと思い、ここに忠義で善良なあなた方国民に伝える。

 私は、日本国政府に、アメリカ・イギリス・中国・ソ連の4国に対して、それらの共同宣言(ポツダム宣言)を受諾することを通告させた。

 そもそも、日本国民の平穏無事を確保し、すべての国々の繁栄の喜びを分かち合うことは、歴代天皇が大切にしてきた教えであり、私が常々心中強く抱き続けているものである。先にアメリカ・イギリスの2国に宣戦したのも、まさに日本の自立と東アジア諸国の安定とを心から願ってのことであり、他国の主権を排除して領土を侵すようなことは、もとより私の本意ではない。

 しかしながら、交戦状態もすでに4年を経過し、我が陸海将兵の勇敢な戦い、我が全官僚たちの懸命な働き、我が1億国民の身を捧げての尽力も、それぞれ最善を尽くしてくれたにもかかわらず、戦局は必ずしも好転せず、世界の情勢もまた我が国に有利とは言えない。それどころか、敵国は新たに残虐な爆弾(原子爆弾)を使い、むやみに罪のない人々を殺傷し、その悲惨な被害が及ぶ範囲はまったく計り知れないまでに至っている。

 それなのになお戦争を継続すれば、ついには我が民族の滅亡を招くだけでなく、さらには人類の文明をも破滅させるに違いない。そのようなことになれば、私はいかなる手段で我が子とも言える国民を守り、歴代天皇の御霊(みたま)にわびることができようか。これこそが私が日本政府に共同宣言を受諾させるに至った理由である。

 私は日本と共に終始東アジア諸国の解放に協力してくれた同盟諸国に対して、遺憾の意を表さざるを得ない。日本国民であって戦場で没し、職責のために亡くなり、戦災で命を失った人々とその遺族に思いをはせれば、我が身が引き裂かれる思いである。さらに、戦傷を負い、戦禍をこうむり、職業や財産を失った人々の生活の再建については、私は深く心を痛めている。

 考えてみれば、今後日本の受けるであろう苦難は、言うまでもなく並大抵のものではない。あなた方国民の本当の気持ちも私はよく分かっている。しかし、私は時の巡り合わせに従い、堪え難くまた忍び難い思いをこらえ、永遠に続く未来のために平和な世を切り開こうと思う。

 私は、ここにこうして、この国のかたちを維持することができ、忠義で善良なあなた方国民の真心を信頼し、常にあなた方国民と共に過ごすことができる。感情の高ぶりから節度なく争いごとを繰り返したり、あるいは仲間を陥れたりして互いに世情を混乱させ、そのために人としての道を踏み誤り、世界中から信用を失ったりするような事態は、私が最も強く戒めるところである。

 まさに国を挙げて一家として団結し、子孫に受け継ぎ、神国日本の不滅を固く信じ、任務は重く道のりは遠いと自覚し、総力を将来の建設のために傾け、踏むべき人の道を外れず、揺るぎない志をしっかりと持って、必ず国のあるべき姿の真価を広く示し、進展する世界の動静には遅れまいとする覚悟を決めなければならない。あなた方国民は、これら私の意をよく理解して行動してほしい。

杕杜(ていと) 詩経

有杕(ゆうてい)の杜(と)よ 皖(かん)たる其の実よ
王事鑒(や)むこと靡(な)ければ 我が日を継嗣(けいじ)す
日月 陽(あたた)かなれば 女心傷まん
征夫遑(せいふいとま)あらん

有杕(ゆうてい)の杜よ 其の葉萋萋(せいせい)たり
王事鑒(や)むこと靡(な)ければ 我が心傷非(しょうひ)す
卉木(きぼく) 萋(せい)たれば 女心悲しまん
征夫帰らん

彼の北山に陟(のぼ)り 言(ここ)に其の杞(き)を采(と)らん
王事鑒(や)むこと靡(な)ければ 我が父母を憂えしむ
檀車(たんしゃ)嘽嘽(たんたん)たり 四牡痯痯(かんかん)たり
征夫遠からざらん

載(の)るに匪(あら)ず来るに匪(あら)ざれば 勇心孔(はなは)だ疚(や)む
期逝(きゆ)くも至らざれば 而ち多く恤(うれ)いを為す
卜(ぼく)も筮(ぜい)も偕(よろ)しとし 会うこと言(ここ)に近からん
征夫邇(ちか)からん

(女)「杕の杜木のやまなしの樹よ、つややかなるその実よ。戦役が終わらぬので、あの人の帰りを待つ日が続く。」
(巫女)「季節が移ろい暖かなれば、待つ日の長さにそなたの心は悲しみにうちひしがれよう。だが夫は帰ってこようぞ。」
(女)「あの北山に登り、くこの葉を摘もう。戦役が終わらぬので、私の父母は憂い悲しむ。」
(巫女)「兵車の進はのろのろと、四つの馬は疲れ病む。だが、夫は近くまで来ていようぞ。」
(女)「兵車に乗り帰り来る様子もないので、心は憂い病むばかり。約束の日を過ぎても帰らぬので、ただただ憂いは増すばかり。」
(巫女)「卜も筮も吉と出て、二人が会う日は近からん。夫はすぐそこまで来ていようぞ。」

杜木である杜に憑依した祖先の御霊に対し、戦争が終息し征夫が無事帰還することを祈願する詩である。この詩は各章前四句を征夫の妻を演じる女性が謡い、後三句を巫女が謡う構成となっている。それは前四句と後三句では、妻である女性を指す語からも違いが見られることからも明らかであろう。前四句では「我」という人称代名詞が用いられているのに対して、後三句では「女=汝」が使用されている。

明治書院 詩経より

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