2016年06月

伐木(ばつぼく) 詩経

木を伐ること丁丁たり 鳥鳴くこと嚶嚶たり
幽谷より出でて喬木に遷る
嚶として其れ鳴くは 其の友を求むるの声
其れ彼の鳥の 猶も友を求むるの声
矧んや伊れ人の 有生を求めざらんや
神の之を聴き 終に和し且つ平らかなり

木を伐ること許許たり 釃みし酒は藇たり
既に肥羜有り 以って諸父を速かん
寧わくは適々来らざるも 我を顧みざること微かれ
於に粲として洒埽し 饋を陳ぬること八簋
既に肥牡有り 以て諸舅を速かん
寧わくば適々来たらざるも 我を咎有らしむること微かれ

木を阪に伐る 釃みし酒は衍たり
籩豆 践たり 兄弟よ遠きこと無かれ
民の徳を失うは 乾候以って愆つあり

酒有れば清し 酒無くば酤せ
坎坎として鼓し 罇罇として舞え
我が暇あるに迨びて 此の湑を飲まん

木を伐る音はこんこんと、鳥鳴くはおうおうと。深き谷間より、高き木に移る。おうおうと鳴くその声は、友を呼ぶため。彼の鳥ですら、友を求め鳴く、まして人が、神を求めぬはずはなし。神がこれを聴こし召し、我らに和平を下された。
木を伐る音はぎしぎしと。漉したる酒はかぐわしく。小羊の肉は肥え太り、ここに諸父を招き呼ばん。たとい来ることかなわねども、我を忘るることなかれ。室を綺麗に掃き清め、数多並べたる料理の器。牡羊の肉は肥え太り、ここに諸舅を招き呼ばん。たとい来ることかなわねど、我を咎めることなかれ。
木を伐るは丘の上、渡したる酒は並々と、ずらりと並ぶ籩と豆、同族の者よ親しみ給え。人が仲を違うのは、物食う時のささいなことから。酒有らば釀し酒飲め、酒無くば一夜酒飲め。かんかんと鼓撃ち、とんとんと舞い踊れ。我らに暇あるうちに、いざこの醸し酒を飲み給え。

祖霊より下された平安のもとに一族が更に繁栄し和合する事を願う詩である。各章首句の「伐木丁丁」「伐木許許」「伐木于阪」については、祭宮を造るための行為、或は神事のはじめの行事であると解する説があるが、これは焼き畑農耕民族が火入れの前段階に行った野の植生の伐採行為であったと考えられる。伐採した植生を乾燥させ火をつけることで農耕に適した肥沃な土壌を作り、作物を栽培したのである。焼畑農耕は水稲栽培農耕以前の遅れた農法と考えるべきではなく、既に水稲栽培が行われていた時代に於いても、水稲に適さない地域ではその地に最も適した農法として焼き畑農耕が営まれていたのである。焼き畑農耕民族にとってはこの植生を伐採する行為が即ち豊作を祈願する詩や女性の多産を祈願する婚姻詩や歌垣詩、延いては本編のごとく一族の子孫繁栄を祈願する詩中に謡い込まれたものと考えられる。それは例えば斎風、南山篇において、麻を蓺うるには之を如何せん、其の畝を衡従にす、妻を取るには之を如何せん、必ず父母に告ぐ、と。
畝を縦横に耕して麻を植える行為と、女性の嫁ぎ行くを併記するのと同一の発想からくるもので、大地の豊饒が類感呪術的に女性の多産をもたらし、一族の繁栄をもたらすとされたためである。

明治書院 詩経より

五箇条の御誓文  明治8年 立憲政体の勅書

戦後、昭和21年(1946年1月1日昭和天皇の、いわゆる人間宣言において御誓文の全文が引用されている。昭和天皇は幣原喜重郎首相がGHQに主導されて作成した草案を初めて見た際に、「これで結構だが、これまでも皇室が決して独裁的なものでなかったことを示すために、明治天皇の五箇条の御誓文を加えることはできないだろうか」と述べ、GHQの許可を得て急遽加えられることになった。天皇は後に、


「それが実は、あの詔書の一番の目的であって、神格とかそういうことは二の問題でした。(中略)民主主義を採用したのは明治大帝の思召しである。しかも神に誓われた。そうして五箇条御誓文を発して、それが基となって明治憲法ができたんで、民主主義というものは決して輸入物ではないということを示す必要が大いにあったと思います。」



昭和天皇 人間宣言

朕ト爾等国民トノ間ノ紐帯ハ、終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ、単ナル神話ト伝説トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ。天皇ヲ以テ現御神トシ、且日本国民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ストノ架空ナル観念ニ基クモノニモ非ズ


それ(五箇条の誓文を引用する事)が実は、あの詔書の一番の目的であって、神格とかそういうことは二の問題でした。当時はアメリカその他諸外国の勢力が強く、日本が圧倒される心配があったので、民主主義を採用されたのは明治天皇であって、日本の民主主義は決して輸入のものではないということを示す必要があった。日本の国民が誇りを忘れては非常に具合が悪いと思って、誇りを忘れさせないためにあの宣言を考えたのです。はじめの案では、五箇條ノ御誓文は日本人ならだれでも知っているので、あんまり詳しく入れる必要はないと思ったが、幣原総理を通じてマッカーサー元帥に示したところ、マ元帥が非常に称賛され、全文を発表してもらいたいと希望されたので、国民及び外国に示すことにしました。



一 広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スベシ
(現代表記)広く会議を興し、万機公論に決すべし。
  • (由利案第五条)万機公論に決し私に論ずるなかれ

  • 一 上下心ヲ一ニシテ盛ニ経綸ヲ行フヘシ
    (現代表記)上下心を一にして、さかんに経綸を行うべし。

    一 官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメン事ヲ要ス
    (現代表記)官武一途庶民にいたるまで、おのおのその志を遂げ、人心をして倦まざらしめんことを要す。

    一 旧来ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クヘシ
    (現代表記)旧来の陋習を破り、天地の公道に基づくべし。

    一 智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スヘシ
    (現代表記)智識を世界に求め、大いに皇基を振起すべし。

  • (現代表記)我が国未曾有の変革を為んとし、朕、躬を以て衆に先んじ天地神明に誓い、大にこの国是を定め、万民保全の道を立んとす。衆またこの趣旨に基き協心努力せよ。年号月日 御諱
  • (意味)我が国は未曾有の変革を為そうとし、わたくし(天皇)が自ら臣民に率先して天地神明に誓い、大いにこの国是を定め、万民を保全する道を立てようとする。臣民もまたこの趣旨に基づき心を合わせて努力せよ。

  • (現代表記)勅意宏遠、誠に以て感銘に堪えず。今日の急務、永世の基礎、この他に出べからず。臣等謹んで叡旨を奉戴し死を誓い、黽勉従事、冀くは以て宸襟を安じ奉らん。慶応四年戊辰三月 総裁名印 公卿諸侯各名印
  • (意味)天皇のご意志は遠大であり、誠に感銘に堪えません。今日の急務と永世の基礎は、これに他なりません。我ら臣下は謹んで天皇の御意向を承り、死を誓い、勤勉に従事し、願わくは天皇を御安心させ申し上げます。

  • 明治維新 大政奉還に関する船中八策

    一、天下ノ政権ヲ朝廷ニ奉還セシメ、政令宜シク朝廷ヨリ出ヅベキ事。
    一、上下議政局ヲ設ケ、議員ヲ置キテ万機ヲ参賛セシメ、万機宜シク公議ニ決スベキ事。
    一、有材ノ公卿諸侯及ビ天下ノ人材ヲ顧問ニ備ヘ官爵ヲ賜ヒ、宜シク従来有名無実ノ官ヲ除クベキ事。
    一、外国ノ交際広ク公議ヲ採リ、新ニ至当ノ規約ヲ立ツベキ事。
    一、古来ノ律令ヲ折衷シ、新ニ無窮ノ大典ヲ撰定スベキ事。
    一、海軍宜シク拡張スベキ事。
    一、御親兵ヲ置キ、帝都ヲ守衛セシムベキ事。
    一、金銀物貨宜シク外国ト平均ノ法ヲ設クベキ事。
    以上八策ハ方今天下ノ形勢ヲ察シ、之ヲ宇内万国ニ徴スルニ、之ヲ捨テ他ニ済時ノ急務アルナシ。苟モ此数策ヲ断行セバ、皇運ヲ挽回シ、国勢ヲ拡張シ、万国ト並行スルモ、亦敢テ難シトセズ。伏テ願クハ公明正大ノ道理ニ基キ、一大英断ヲ以テ天下ト更始一新セン。


    公議政体論のもと、

    1. 大政奉還
    2. 上下両院の設置による議会政治
    3. 有能な人材の政治への登用
    4. 不平等条約の改定
    5. 憲法制定
    6. 海軍力の増強
    7. 御親兵の設置
    8. 金銀の交換レートの変更

    常逮(じょうてい) 詩経

    常逮の華 鄂(なんぞ)ぞ韓韓(いい)たらざらんや
    凡そ今の人 兄弟(けいてい)に如(し)くは莫し

    死喪の威(おそ)れにも 兄弟 孔(はなは)だ懐(おも)う
    原隰(げんしゅう) たがやすにも 兄弟 求む

    脊令原(せきれいげん)に在り 兄弟 難に急く
    毎(つね)に良朋有り 況況(ますます)永歎す

    兄弟牆(けいていしょう)に 鬩(たたか)い 外 其の務(あなど)りを禦(とど)む
    毎(つね)に良朋有り 烝(すなわち)戒(たす)くる無からんや

    喪乱既に平らぎ 既に安んじ且つ寧(しず)まれり
    雖(つね)に兄弟有り 有生に如かざらんや

    爾(なんじ)の籩豆(へんとう)を儐(つら)ね 飲酒して之れ飫(あ)かん
    兄弟既に具(そろ)い 和楽し且つ孺(たの)しまん

    妻子好く合し 瑟琴(しつきん)を鼓(ひ)くが如し
    兄弟既に翕(つど)い 和楽し且つ湛(たの)しまん

    爾(なんじ)の室家(しつか)に宜しく 爾の妻帑(さいど)を楽しましめよ
    是に究め是に図り 亶(まこと)に其れ然(しから)しからん

    にわざくらの花は、輝くばかりに咲き誇る。世に人あれど、同族の者は如くはなし。
    死のおそれあれど、思い合うは同族なればこそ。原隰の地を墾かば、力寄せ合うは同族なればこそ。
    せきれいは野に在り、困難に赴くは同族なればこそ。常に側に居る良き友は、我らがために情を寄せてくれている。
    垣に戦い内を守るは同族なればこそ、よその侮りふせぐために。常に側に居る良き友は、我らがために力を貸してくれる。
    禍乱は去り、世は安らかにかつ静かに。常に側に居る同族は、それは友とは比べ難い。
    籩と豆をつらね、飽くほどに酒を汲め。同族はここに集い、睦みかつ楽しめ。
    妻と子の睦まじき事、瑟と琴を奏でるがごとし。同族はここに集い。睦みかつ楽しめ。
    家々はかくもめでたく、なおも妻子を楽しませよ。これを極め手本とせば、まことめでたき一族とならん。

    同族の固い結束を誓い、更なる繁栄を祈願する詩である。詩中の「兄弟」の語は、親族呼称ではなく、同族の人間同士を指していると解すべきであろう。第二章の「兄弟求矣」については、原隰に屍を累積することになっても同族の人間は互いの事を思い合うと解する説、原隰に軍隊を編成し死を目前にする時でも兄弟は求め助け合うと解する説、原隰に倒れても兄弟はその屍を求めてやってくると解する説等、諸説あるが、いずれも前句に見える「死喪」の語に延かれた解釈であると思われる。「原隰」は小雅・谷原之什・信南山篇に「畇畇たる原隰は、曽孫之を田とす」と謡われているごとく、古くは耕作の適地とされ、該句は原隰を切り開き耕作地を作るときに同族の者達が互いに力を合わせる意となり、前句と同様同族の者達の結束の強さを比喩的に表現した句と解すべきであろう。

    明治書院 詩経より

    松下幸之助は「企業は天下のもの」と考えた 失敗する人には「私心」がある

    松下幸之助は「企業は天下のもの」と考えた

    失敗する人には「私心」がある

     

    「会社の仕事を公(おおやけ)の仕事だと社員に訴え続け理解してもらったことも、成功の要因のひとつと言えるわな。会社は個人のものではない、わしひとりのものでもなければ、社員一人ひとりにとっても個人のものではない。公のものである、と、そういうことを言ってきた」

    会社をやっていくにあたって、なにが必要かと言えば、まずおカネである。おカネがなければ会社をつくることも経営をしていくこともできない。さて、そのおカネというのは誰のものでもない。カネは天下のまわりものと言うが、公のものである。

    それに物(材料)もいる。それも、もとをさかのぼれば、天下のものと言える。人材も同じである。人というのは誰のものでもない、天下のものである。すなわち経営の基本である人、物、カネ、これは「すべて公のもの」と言える。

    会社は個人のものではない

     

    「そうであるとすれば天下の人、物、金を預かって営む企業というものは、これまた天下のものと考えないといかん。個人のものとは言えんな。公のものということになるわな。そうであるとすれば、企業は社会のため、世間の人たちのため、役に立つような働きをしないといかんということになる。

    だから、われわれの会社は個人の会社ではなりません、公の、天下の会社であります、われわれは個人のために仕事をするのではない、われわれ自身だけのために経営をしているのではない、社会の人びとのため、社会の発展のため、人びとの幸せのために仕事をするんです、と、そういうことをみんなに話してきたんや」

    すると社員の人たちも、自分たち自身のためだけではない、社会のために働いているのだと考えるようになる。仕事にいっそうの誇りが持てる。なお一生懸命に仕事に取り組まなければならないとなる。いわば公に尽くす心意気というものが、社員のなかに生まれてくる。そのような会社であれば、一段と発展するに決まっている。

     

    一方、社会に対して責任を持たない会社、自分のところだけ儲けたらそれでいいという会社は、社会に害を流す。そのような会社が発展するはずがない。

    「小さいながら、わが商売というものは公のものである。法律上は私的なものであるかもしれないが、その本質というものは、公のものである、ということに気がついた。それは商売を始めて十四年ほどしてからやった。

    れまでは平凡な勉強家にすぎなかったと思うんや。けれどもそう気がついたときに、そこにひとつの使命感が起こって、この使命に殉ずるのが自分の生きる道だということで、仕事をしてきた。それが非常に力強いひとつの姿になったんやろうな」

    賢い人はかえって危ない

    少し抽象的な話になったが、あるとき松下は、次のような興味深い話をしてくれたことがある。

    「賢い人はかえって危ないんやな。平凡な人に仕事をまかせると、あまり成功もせんが、つぶしもせんで平凡に時を過ごしていく。けど、賢い人は会社を興(おこ)すが、また同時に会社を潰すんやな。

    支配人を決定するとき、あんまり賢い人であったら、うまくやってくれるだろうという期待が持てるかわりに、潰しよるという点も併せて考えておかんといかんな。賢いから安心ではない。賢い人は自分で独断専行をやるから、危険なんやな」

    さて松下によれば、会社を興す賢い人も、会社を潰す賢い人も、紙一重の差であるという。それで一方が興し、一方が潰す。

    たくさんの人にまかせてきた経験を振り返ってみると、その同じ賢い人で、成功する人と失敗する人はどこがちがったのか。煎じつめていくと、失敗する人には「私心」というものがある。成功する人には私心というものがない。公の心があった、というのである。賢さは一緒である。しかしちょっと自分の私心が入ると、非常に差が出てくる。

    また松下自身、すっきりと決断できず、なぜこのように迷うのか、というとき、自問自答を重ねていくと、自分を中心に考えている場合に心が迷いに迷って、なかなか決められなかったという。だからそのような場合には、自分というものを考えから抜いて、公の心で素直に全体の立場に立って考えなおしたそうである。これは人間というものの妙味を考えさせる、非常に面白いエピソードではないだろうか。

    松下幸之助は「企業は天下のもの」と考えた 失敗する人には「私心」がある

    四牡(しぼ) 詩経

    四牡 騑騑(ひひ)たり 周道 倭遅たり
    豈帰るを懐わざらんや 王事鑒(や)むことなし
    我が心傷非す

    四牡 騑騑たり 嘽嘽たる駱馬
    豈帰るを懐わざらんや 王事鑒むことなし
    啓処するに遑(いとま)あらず

    翩翩(へんぺん)たるは鵻(すい) 載ち飛び載ち下り
    苞(ほう)たる栩(く)に集う 王事鑒(や)むことなし
    父を将(やしな)うに遑(いとま)あらず

    翩翩(へんぺん)たるは鵻(すい) 載ち飛び載ち止まり
    苞(ほう)たる栩(く)に集う 王事鑒(や)むことなし
    母を将(やしな)うに遑(いとま)あらず

    彼の四駱に駕し 載ち驟(は)すること駸駸(しんしん)たり
    豈帰るを懐わざらんや 是を用て歌を作り
    母を将うを来(これ)に諗(つ)ぐ

     四つの馬は馳せ止まず、大道は遠く続く。郷里への思いは絶えないが、戦争はまだ終わらない。我が胸は悲しみ沈む。
     四つの馬は馳せ止まず、黒毛の馬はひた走る。郷里への思いは絶えないが、戦争はまた終わらない。私には安らぎ休む暇もない。
     ばたばたと羽ばたくは鵻(小鳩)、飛び上がりかつ下がり、茂れるくぬぎの木に集う。戦争がまだ終わらないので、父を養う暇もない。
     ばたばたと羽ばたくは鵻(小鳩)、飛び上がりかつ止まり、茂れるくぬぎの木に集う。戦争がまだ終わらないので、母を養う暇もない。
     四つの馬引く車に乗り、ひた走り馳せ止まず。郷里への思いは絶えること無し。されば思いを歌に綴り、祖霊に告げん、早く母を養うことができるよう。

    出征した若者の帰還を祖霊に祈願する詩である。「我」と出征している若者の自称が用いられているのは、巫がその身を若者に仮託して謡うからである。末句に「是用作歌、将母来諗」とあるは、仮託された若者の労苦を歌に綴りこれを巫が謡うことによって、戦争が終結せぬことを祖霊に訴え祐護を求めるためである。陳風・墓門扁に「歌以訊之(歌いて以って訊ねさん)」とあるも、これと同様に自身の不遇を祖霊に訴え、祐護を希求する句である。

    明治書院 詩経





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