2016年05月

鹿鳴(ろくめい) 詩経

呦呦(ゆうゆう)と鹿鳴き 野の苹(へい)を食む
我に嘉賓有り 瑟を鼓き笙を吹かん
笙を吹き簧を鼓き 筐を承げて是に将む
人の我を好し 我に周行を示せ

呦呦(ゆうゆう)と鹿鳴き 野の蒿(こう)を食む
我に嘉賓有り 徳音孔だ昭らかなり
民に視すに桃からざるは 君子是れ則り是れ倣えばなり
我に旨酒有り 嘉賓よ式て燕し以て敖(あそ)べ

呦呦(ゆうゆう)と鹿鳴き 野の芩(きん)を食む
我に嘉賓有り 瑟を鼓き琴を鼓かん
瑟を鼓き琴を鼓き 和楽し且つ湛(たの)しましめん
我に旨酒有り 以て嘉賓の心を燕楽せしめん

ゆうゆうと(祖霊の使者の)鹿が鳴き、野の苹(へい)を食む。我がもとに降りしは祖先の御霊、いざ瑟を弾き笙を吹こうぞ。笙を吹き簧を弾いて、かごの御供え捧げ祀らん。我をめで、我に正しき道を示し給え。

ゆうゆうと(祖霊の使者の)鹿が鳴き、野の蒿(こう)を食む。我がもとに降りしは祖先の御霊、その誉れもいと明らけき。民への教えのいと厚きは、天の下された道に倣えばこそ。このうま酒で、祖霊よ宴し遊び給え。

ゆうゆうと(祖霊の使者の)鹿が鳴き、野の芩(きん)を食む。我がもとに降りしは祖先の御霊、いざ瑟を弾き琴を弾こうぞ。瑟を弾き琴を弾いて、祖先の御霊を楽しましめん。このうま酒で、祖先の御霊を安んぜしめん。

宗廟に於いて祖霊神が一族のもとに降臨したことを歓待する詩である。「鹿」は例えば周南・麟之趾篇の「麟」が鹿を神格化した霊獣であることからもわかるごとく、本編に於いては祖霊の使者として謡い込まれている。各章首二句に「呦呦鹿鳴、食野之苹」「呦呦鹿鳴、食野之蒿」「呦呦鹿鳴、食野之芩」と、鹿が鳴き草(苹、蒿、芩)を食むを謡うことによって、祖霊が一族のもとに降臨したことを示している。そして祖霊に供物を捧げ、音楽を演奏するを謡い、一族の歓待の意を示すのである。


人に教ゆるに、 行を以てし、言を以てせず、 事を以てせず。  乃木希典

人に教ゆるに、 行を以てし、言を以てせず、 事を以てせず。


恥を知れ。
道に外れた事をして 恥を知らないものは 禽獣(きんじゅう)に劣る。


(馬、鹿以下の大馬鹿野郎、もはや人間にあらぬ人でなしだ。)

勉強忍耐は、才力智徳の種子なり。


(頭でっかちの東大出は勉強して才力の種を植え付けただろうが、忍耐をして知徳の種を全く植え付けておらない。しかし、せっかくまいた才力の種も継続して今に生かすように実践しないから、せっかく種を撒いたのに、芽もでなければ、大輪の花にも、大きな幹の大木にも育っていないではないか。)

You could be mine
Black Sabath

乃木希典 名言集



 

遇直と笑わるるとも、終局の勝利は必ず誠実な者に帰すべし。 東郷平八郎

遇直と笑わるるとも、終局の勝利は必ず誠実な者に帰すべし。


神明は唯平素の鍛錬につとめ、戦はずして既に勝てる者に勝利の栄冠を授くると同時に、一勝に満足して治平にやすんずる者より直ちに之を奪ふ。古人曰く勝て兜の緒を締めよと。


勝利の女神に見捨てられない為には、驕り高ぶりサボってしまってはいけない。精神まで朽ち果ててしまう。

東郷平八郎

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