2016年04月

臣工 詩経

嗟嗟 臣工 爾の公に在るを敬せよ
王 爾の成を肇(ただ)す 来れ諮り来れ茹(ふく)む
嗟嗟 保介 維れ莫の春
亦何を求むること又(あ)らん 新畲(しんよ)を如何
於 皇(おお)いなる来牟(らいぼう) 将(そ)れ厥(そ)の明を受け
明昭なる上帝 用(もっ)て康年を迄(あた)う
我が衆人に命じて 乃(なんじ)の銭縛(せんばく)を庤(そな)えしめよ
奄(すみ)やかに観(おお)く銍艾(ちつがい)せん

ああ諸侯の楽団よ、あなた方は宗廟にいるのだからつつしめ。
王はあなた方の豊作のため身を謹み正す。十分よく考えうけとめよ。
ああ! 保介よ、この晩春に、
(豊作以外)また何を求めるのか、新田の様子はどうなのか。
ああ豊作の麦をみのらせ、多くの実を収穫させたまえ。
光輝く上帝よ、豊作を与えたまえ。
さて農民たちにいそぎ耕具をととのえさせよ。
速やかにたくさん刈り入れん。

王が臣江(楽師)や保介(農業を助ける官)とともに豊饒(ほうじょう)を上帝に祈願する詩である。
一説に、「臣工」の「工」の本字は巫であり、「臣工」は臣としての群巫を指すとして、本篇を宗廟において巫を通じて四月に麦を刈ることを命ずる詩であるとする。また冒頭の「嗟嗟」は、通説では「ああ」と訓ずる嘆辞と解されるが、神に対して呼び歌う意に解釈することもできる。

明治書院 詩経より

漢広 詩経

南に喬木(きょうぼく)有り 休(いこ)う可からず
漢に遊女有り 求む可からず
漢の広さは 泳ぐ可からず
江の永きは 方(いかだ)す可からず

膠膠(きょうきょう)たる錯新 言に其の楚を刈る
之の子 于に帰(とつ)ぐ 言に其の馬に秣(まぐさ)がう
漢の広きは 泳ぐ可からず
江の永きは 方(いかだ)す可からず

膠膠(きょうきょう)たる錯新 言に其の簍を刈る
之の子 于に帰(とつ)ぐ 言に其の駒に秣(まぐさ)がう
漢の広きは 泳ぐ可からず
江の永きは 方(いかだ)す可からず

南にそびえる高木は、(神木なれば)いこうべくもなく、漢水に遊ぶ神女は、(神聖にして)求むべくもない。漢水は広く、泳いでは渉(わたれ)ない。江水は永く、いかだでも渉(わたれ)ない。
入り乱れ茂った草木、その小枝を刈り取る。女神は今、嫁いでゆく。その輿の馬にまぐさかう。漢水は広く、泳いでは渉(わたれ)ない。江水は永く、いかででも渉れない。
入り乱れ茂った草木、その小枝を刈り取る。女神は今、嫁いでゆく。その輿の駒にまぐさかう。漢水は広く、泳いでは渉(わたれ)ない。江水は永く、いかででも渉れない。

漢水の女神を祀る詩である。古代において水の豊かな場所は必ず祭祀の対象となった。それは山川百源が雲気を興し雨を降らせると考えられたためであるが、その根源で広く人々に信ぜられたのが水神の存在であった。そこに棲むとされた水神を祀ることによって、水の呪力が大地を潤して穀物の豊饒(ほうじょう)をもたらし、女性に多産をもたらすと信ぜられたのである。第一章に冒頭に見える「喬木」は高木、大木の意で、先の喬木扁や桃転扁と同様に魂の憑依する依代。この場合、憑依するのは同章三句目に「漢有遊女」と謡われる「遊女」、則ち漢水の女神である。水上が依り憑く神聖な樹木であるから「不可休息」と、そこで憇てはならぬと謡うのである。また第二、三章に「之子干帰」と女神が嫁ぐのを謡うのは、これも神と人との神婚儀礼が行われていた名残であると考えられる。この場合、女神の配偶は男性の巫である。



明治書院 詩経より

孫子・呉子 目次

孫子


孫子 計編一
孫子 計編二
作戦
孫子 作戦編
謀攻
孫子 謀攻編

孫子 形編

虚実
軍争
軍争より難きは莫し 孫子 (軍争 一)
其の疾きこと風のごとく 孫子 (軍争 三)
金鼓・旌旗は、人の耳目を一にする所以 孫子 (軍争 四)
其の鋭気を避け、其の惰帰を撃つ 孫子 (軍争 五)
帰師は遏むる勿れ 孫子 (軍争 六)
九変
知者の慮は、必ず利害を雑う 孫子 (九変 三)
将に五危あり 孫子 (九変 五)
行軍
四軍の利 孫子 (行軍 一)
軍は高きを好んで下きを悪み 孫子 (行軍 二)
上雨降りて水沫至れば 孫子 (行軍 三)
鳥起つは、伏なり 孫子 (行軍 四)
辞卑くして備えを益は 孫子 (行軍 五)
兵は多きを益とするに非ざるなり 孫子 (行軍 六)
地形
地の道 孫子 (地形 一)
敗の道 孫子 (地形 二)
卒を視ること嬰児の如し 孫子 (地形 四)
九地
九地 孫子 (九地 一)
始めは処女の如し 孫子 (九地 九)
火攻
用間
人に取りて、敵の情を知る 孫子 (用間 一)
間に五有り 孫子 (用間 二)
三軍の事、間より親しきは莫く 孫子 (用間 三)
反間は厚くせざるべからざるなり 孫子 (用間 四)

呉子

図国第一
まず百姓を教えて万民を親しむ 呉子 第二章
戦いて勝つは易く、勝を守るは難し 呉子 第四章
古の盟王は、必ず君臣の礼を謹み 第六章
願わくは陳すれば必ず定まり 呉子 図国第一・第七章
武候嘗(かつ)て事を謀る 呉子 図国第一・第八章
料敵第二
一軍の中に必ず虎賁の士有り 孫子 第一章
占わずして之を避くる者六有り 呉子 第二章
治兵第三
兵を進むるの道は何をか先にせん 呉子 第一章
治を以て勝つことを為す 呉氏 第二章
三軍の災いは、狐疑より生ず 呉子 治兵第三・第四章
人は当にその能わざる所に死し 呉子 第五章
短者は矛戟(ぼうげき)を持ち 呉子 第六章
論将第四
文武を總ぶるは、軍の将なり 呉子 論将第四・第一章
兵に四機有り 呉子 第二章
先ず其の将を占いて其の才を察し 呉子 第四章
両軍相望みて、其の将を知らず 呉子 第五章
応変第五
敵近くして我に薄り 呉子 第四章
敵を攻め城を囲むの道 呉子 第十章
励士第六

樛木 詩経

南に樛木有り 葛藟 纍えり
楽只める君子 福履を綏んず

南に樛木有り 葛藟 荒えり
楽只める君子 福履を将いにす

南に樛木有り 葛藟 瀠れり
楽只める君子 福履を成す

南に高く繁れる木。つたかずらこれにまつわる。祖霊は降臨して楽しみたまい、幸福を約束してくださる。
南に高く繁れる木。つたかずらこれをおおう。祖霊は降臨して楽しみたまい、幸福を大にしてくださる。
南に高く繁れる木。つたかずらこれにからまる。祖霊は降臨して楽しみたまい、幸福をとげて下さる。

一族のもとに降臨した祖霊を祀り、子孫の多福を祈願する詩である。各章に見える「樛木」は、祖先の御霊が依り憑く依代であり、そこに降臨した祖霊を「君子」と呼ぶのである。神や霊魂を祀る場合、それらは人の目には見えぬので、樹木や草花、特定の人間(かたしろ)に憑依せしめ、これに供物を捧げ、祀ったのである。そして、「福履綏之」、「福履将之」、「福履成之」と、大いなる福禄を子孫にもたらさんことを祈るのである




関雎 詩経

関関たる雎鳩は 河の洲に在り
窈窕たる淑女は 君子の好逑

参差たる荇采は 左右に流む
窈窕たる淑女は 寤寐に求む

之を求めて得ざれば 寤寐に思服す
悠なる哉 悠なる哉 囅転反側す

参差たる荇采は 左右に采る
窈窕たる淑女は 琴瑟もて友しむ

参差たる荇采は 左右に芼る
窈窕たる淑女は 鍾鼓もて友しむ

クワーン、クワーンと鳴くみさご鳥が、黄河の中州に降り立つ(祖霊は鳥の形をして河に降り立ちたもうた)。たおやけき乙女(巫女)は、祖霊のつれあい。
高く低くしげる沼のアサザを、左右に選び取る。たおやけき巫女は、夢にまで祖霊の降臨を求め願う。
求めても得られぬとて、夢にまでも繰り返し思い詰める。ああ憂わしきかな、伏しまどいつつ夜をすごす。
高く低くしげる沼のアサザを、左に右に選び取る。たおやけき巫女は、宗廟で琴瑟を奏でて(祖霊を呼ぶ)。
高く低くしげる沼のアサザを、左に右に抜き取る。たおやけき巫女は、宗廟で鐘と皷をならして(祖霊を招く)。

祖霊祭祀の詩である。古代において祖先の御霊を祀ることは共同体にとって最も重要な事項であり、それは宗廟と呼ばれる場所で行われた。この宗廟とは祖霊祭祀の場であると同時に、例えば即位儀礼・冊命儀礼・朝聘礼や征役に関わる祭祀儀礼、及び冠礼・婚礼等の通過儀礼を含む共同体内の諸儀礼の行われる場であった。そしてそれは必ずそこに降臨する祖霊に対し諸事の許可を求め、また報告する目的の元に行われるものであった。本編に置いては一族の祖霊に対して「君子」という称謂が用いられている。冒頭で「関関雎鳩、在河之洲」と謡われているのは、祖霊が一族の元に降臨したことを表すものである。「詩経」中に謡われる鳥はすべて、神や祖霊等の霊魂の象徴と解釈するべきであり、本編においては「雎鳩」が祖霊の象徴として謡われている。また、祖霊の降臨を祈る巫女を「窈窕淑女」と呼び、その巫女が長短不揃いに生える「若菜」を選び取り、これを宗廟に供えて降臨を祈願し、それがもし叶わなければ、寝ることもできぬほど専一に祖霊に仕えると謡うのは、當えて神婚儀礼(神と人との婚姻儀礼)の形式をとった降神儀礼が行われていたことを示唆するものである。神や祖霊に仕える巫は、神と人とを仲介する存在であるとともに、神に占有される存在でなくてはならず、ここに神と巫との婚姻という概念が生じたものと考えられる。故に第一章においては「 窈窕淑女、君子好逑」と、巫女が祖霊の善きつれあいであると謡うのである。


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