子曰く、君子は道を謀りて食を謀らず。耕すや、餓其の中に在り。学ぶや、禄其の中に在り。君子は道を憂えて貧しきを憂えず、と。

孔子が言われる、君子というものは、いかにして道を求めようかと苦心するが、いかにして食を得るかについては計り考える事がない。というのは、食を得ようとして農耕に営々と従事しても、必ずしも常に食が得られるとは限ったものでなく、かえって餓えるという結果になることがあるからである。しかし、学問をして道を求めようと計れば、道はきっと得られるのみでなく、おのずから俸禄も得られるようになるのである。ゆえに君子は道の得られないことを憂えて、俸禄が得られなくて貧しくなることは、少しも心配しないものだ。

孔子の弟子の多くは、当時の新興の士階級の子弟が多く、皆仕官して俸禄を求めようとしていた。この章は真に道を求めれば仕官の道も自然と開けることを教えたもので、為政編では子張に「多くを聞きて疑わしきを闕き、慎みて其の余を言わば則ち尤寡し。多く見て殆きを闕き、慎みて其の余を行わば則ち悔寡し。言尤寡く、行悔寡ければ、禄其の中に在り(我々はたくさんのことを聞き、多くのものを見なくてはならぬ。かく見聞を広めたうえで、その中の疑わしくて自信のないことや、危険なことを取り除いて、その残りの確かなことだけを慎重に言ったり行ったりすれば、人からとがめ立てされることも少なく、自分自身後悔することも少なくなろう。このように、その言行にとがめも後悔も少なくなるようになれば、禄位はそのことの中に存すもので、自然に仕官の道は開けるものだ)」と教えている。

明治書院 論語 より

The superior man worries more about maintaining his principles than receiving his next paycheck.

From In English Kontu.

君子は道を謀りて食を謀らず 論語 孔子