百人一首

陽成院
原文
筑波嶺の みねより落つる みなの川 恋ぞつもりて 淵となりぬる
(つくばねの みねよりおつる みなのがは こひぞつもりて ふちとなりぬる)
現代訳
筑波山の峯から流れてくるみなの川も、(最初は小さなせせらぎほどだが)やがては深い淵をつくるように、私の恋もしだいに積もり、今では淵のように深いものとなってしまった

昭和天皇会見





日本における永世中立国化議論

マッカーサーとソビエトが日本の永世中立化を訴えたのに実現はしなかったんだな。不思議だ。


第二次世界大戦後の日本においては、日本国憲法第9条に侵略戦争と軍隊戦力放棄の規定が設けられたこともあり、日本が中立国となるべきであるという主張を述べる論者も、多く現れた[29]

例えば、1949年昭和24年)3月のダグラス・マッカーサーが「日本は極東のスイスたるべき(現実世界のスイスは『国民皆兵を前提とした重武装中立国家』である)」と発言したという報道や[33]、同年3月3日・4月9日の読売新聞社説などに見られる[34]

ところが、中国大陸共産化朝鮮戦争の勃発により、保守右派にとって、永世中立化は非現実・幻想的な物と採られることになった。しかし革新・左派による中立化、永世中立化の主張はより強くなっていく[29]

サンフランシスコ講和会議においては、ソビエト社会主義共和国連邦が日本の永世中立化を提案し、その後も1958年(昭和33年)に同様の提案を行っているが[35]日本国政府はこれを拒否している[36]

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