孫武が呉王闔盧にまみえると,孫武の兵法家としての名声を聞いていた闔盧は、実際に兵を動かす様子をみたいという。

孫武が承諾すると、闔盧は自分の宮中に仕える美女百八十人を、二隊に分け、自分の寵愛する女性二人を各々の隊長とし、皆に武器を持たせて、兵を訓練させた。孫武は、前を見よと言えば前を見、左を見よと言えば左を見、右を見よと言えば右を見、後ろを見よと言えば後ろを見よ、と教え号令したが、婦人たちは大笑いをするだけで動かない。孫武は、命令が行き届かないのは自分のせいだとして、再度教え、また号令を出したが、今度も動かなかった。

すると孫武は、今度は命令が行き届いたのに、その通りに動かないのは隊長のせいであるとして、王の寵愛する姫二人を殺そうとした。その様子を見て慌てた闔盧が、彼女たちが死んだのでは、自分は食事がのどを通らないと言って助命を頼んだが、将軍は君命でも聞けないことがございます、と言って、二人を殺したので、その後は美女たちは真剣に動き、一糸も乱れず動くようになった。

孫子・呉子  明治書院

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` 一生の仕事を見出す時期は早いに越したことはなく、投資の世界では、若くして転職と巡り会えたものに絶大なるチャンスがもたらされる。複利と言うなの魔法は、時間が長ければ長いほど、より高い効果を発揮し得るからだ、人生の早い時期には、一か八かの勝負に出るべきではない。これからまだふんだんに時間が残っているのだから、若いうちの賢い決断を、将来の利益に結びつければ良いのだ。
ウォーレンが十一歳の時に買ったのは、オイルサービシィズという石油会社の株だった。三十八ドルで三株買った所、株価はみるみる二十七ドルまで下落したが、売りたくなる気持ちをなんとか堪えていると、株価は再び上昇に転じた。
 結局、若きウォーレンは四十ドルで三株を売却したものの、その直後に株価は二百ドルまで急騰した。彼はこの出来事から、投資における第一の教訓を学び取った。それは忍耐である。正しい株を選ぶという大前提さえクリアしたなら、後は果報をを待つだけで良いのだ。
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リッチになりたいなら、財産を複利でてきようするひつようがある。この時元手は多ければおおいほどよい。
例えば,元手10万ドルを15%の一年複利で運用して行くと,二十年後,総額は163万6653ドルに膨らみ,153万6653ドルの利益がもたらされる。
しかし,何らかの理由で最初に9万ドルを失い,投資の元でとして一万ドルしか用意できなかった場合、二十年後の総額は16万3665ドル、利益は15万3665ドルにとどまる、これは、前の例とは比較にならないほどちいさなすうじといえる。
 つまり、初期段階で金を損すればするほど、将来の穴だの利益獲得能力に、より大きな悪影響が及ぼされてしまうわけだ。ウォーレンはこの点を決して忘れず、自分を戒めるために、億万長者になった後も、長い間旧式のフォルクスワーゲン・ビートルに乗り続けたのである。


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