孟武伯孝を問う。子曰く、父母は唯其の疾を之れ憂う、と。

孟武伯が孝とはどうすることかと質問した。これに対して孔子は、父母には何にもまして、ただただ子供の病気のみを心配しているのだから、身体を大切にして健康であることが孝行である、と答えられた。

孟武伯は魯の貴族孟孫子の一族で、大夫(大臣に当たる)。孔子が父母はひたすら子供の病気を心配するものだと教えていることから、あるいは病気がちであったのかもしれない。この章は、病気になるのはどうにも仕方がないが、病気以外のことで親に心配をかけないのが孝行だとの解釈もあるが、子供が健康ですくすく成長するのを願うのが親心であり、暴走族などになって大けがをしたり、死んだりするほど親不孝なことはない。

明治書院 論語 より

父母は唯其の疾を之れ憂う 論語 孔子

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

子曰く、之れを導くに政を以てし、之を斉(ととの)うるに刑を以てすれば、民免れて恥ずる無し。之れを導くに徳を以てし、之れを斉(ととの)うるに礼を以てすれば、恥ずる有りて且つ格る、と。

孔子が言われる、法律や命令だけの政治で人民を指導し、人民を規制しようとし、之に従わないときは刑罰をもって臨むなら、人民はその刑罰を免れさえすればよいとして、悪いことをしても恥ずかしいと思わなくなる。ところが、道徳をもって民を導き、礼儀を教えて民を統制していくと、人民は悪いことをすると羞恥を感ずるようになって、おのずから善に至るものだ。


北極星を君主に例えた徳治主義の理想を、具体的に政治の根本は道徳と礼にあり、政令や刑罰にはないことを明らかにしたもの。ここの「政」は法律や命令のことで、政と刑による政治とは力による政治のことをいう。これに対して徳治政治とは君主の道徳的な人間性と礼によるものである。法も礼も社会秩序の維持という点では同じだが、法が権力を背景とするのに対し、礼は自発的な約束から出発し、約束を破ることを恥じる心を基本としている。



恥を知る国民性になれば国をよく守ることができる。悪事が起こる前に市民は通報し事が起こるのを防ぐことができるようになるのである。

明治書院 論語 より

之を導くに徳を以てす 論語 孔子

If governer try to lead and control people only by the law or order with some punishment , they will become to think only escaping the punishment and loosing shame mind.  But leading people by virtue and humanity , teaching people manners to govern them. They will become be shame when they do the bad thing and go the right by themselves.

If every people knows the shame and charity mind they can well save the nation's peace. Before the bad news happens they inform the bad planning to the police station , therefore they can guard the town's peace.


このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

子曰く、吾十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う。七十にして心の欲する所に従えども、矩を踰えず、と。

孔子が言われる、私は十五歳ごろから先王の教え、礼楽の学問をしようと決心した。三十歳にしてその礼楽の学問について独自の見識が確立した。四十歳ごろで物事の道理に明らかになって、惑うことがなくなった。五十歳になって、天が自分に命じ与えたものが何であるかを覚り、また、世の中には天運の在するということを知ることができた。六十歳ころは、何を聞いても皆すらすらと分かるようになったし、世間の毀誉褒貶にも心が動かなくなった。七十歳になっては、心の欲するままに行うことが、いつでも道徳の基準に合って、道理に違うことがなくなって、真の自由をたのしめるようになったようだ。

この章は孔子が七十歳を過ぎて、自分の思想や人間性の発達の過程を振り返り、弟子に語ったものであろう。孔子は後世では聖人と言われているが、その一生は努力の積み重ねであったのであろう。それにしても自分のしたいことをそのまま行っても道徳の基準に違うことがないとは、頭が下がる。この章から年齢を言う語が作られ、十五歳を志学、三十歳を而立、四十歳を不惑、五十歳を知命、六十歳を耳順、七十歳を従心という。

明治書院 論語 より

十有五にして学に志す  論語  孔子

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

↑このページのトップヘ